汀子先生・廣太郎先生・俳句バッグ 第39回北信越ホトトギス俳句大会 記念

どこまでもついて行きたく風の盆 汀子


  「風の盆・・・・ですね。あの俳句を覚えていてくださったのですね。」
「はい」 「あの時は、本当に感動致しました。」
「あの時、私は連を組んでいた一人なのですよ。」
「まあ!」
「私は、唄をうたっていました。」
「私、感激してその連にずっとついて一晩明かしました」
「知ってます。私の横でついて来られましたね」
「まーそうだったのですね。忘れることが出来ません」
側で聞いていた人が口を挟んだ。 「この方は今、『風の盆』の唄をうたう一番の名人ですよ」
「まーそうですか。あの哀愁を帯びた唄声がまだ耳に残っているようです。また聞かせて頂きたいですねぇ
」 名刺に目を通した。 「わかつち・・・・・」 「はい。・・・・・白羊が俳号です。」 「何かの機会に唄をお伺いしたいですね。今から何十年前になるでしょうか、私はもっと痩せていた筈です。
白羊さんももっとお若かったでしょうね・・・・・」(稲畑汀子)
そのようないきさつがホトトギス誌上に書かれてありました。読まれた方も多いことでしょう。

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